「海老ヶ作貝塚損壊問題」から考える埋蔵文化財保護と市町村の役割 |
いただいた意見の中で、文化財保護法第93条を強化するべきという意見がありました。
私自身の意見は、
(1)重要な遺跡については自治体の文化財保護条例に基づき史跡指定等の手段を講じる
(2)土木工事により貴重な遺跡が破壊される場合、発掘調査などの経済的負担は原因者が受忍すべきとの強い信念をもって交渉に当たること
が大切だというものです。
今回は、基礎自治体における埋蔵文化財保護行政の役割について、法令と通知文類から考えてみたいと思います。
埋蔵文化財保護の主役
以下は、埋蔵文化財の周知について定めた文化財保護法第95条第1項の条文です。
(埋蔵文化財包蔵地の周知)
第九十五条 国及び地方公共団体は、周知の埋蔵文化財包蔵地について、資料の整備その他その周知の徹底を図るために必要な措置の実施に努めなければならない。
法第95条第1項は周知の埋蔵文化財包蔵地について、
(1)資料の整備
(2)周知の徹底
に必要な措置をとることを国や地方公共団体に義務付けています。
さらに、平成10年9月29日付庁保記第75号文化庁次官通知は以下のように述べます。
「2.(2)市町村の役割及び体制の整備・充実」
埋蔵文化財は地域の歴史と文化に根ざした歴史的遺産であることから、地域の埋蔵文化財の状況を適切に把握することができる市町村が重要な役割を果たすことが必要である。
このため、埋蔵文化財担当専門職員を配置していない市町村においては、少なくとも埋蔵文化財保護の基本的行政に支障がないよう専門職員の配置を促進することとし、既に専門職員を配置している市町村においても、適切な埋蔵文化財保護行政の執行と経常的な発掘調査の円滑な実施のため、適正な体制の整備・充実を図る必要がある。
なお、小規模な市町村の場合、一定の地域内に所在する複数の市町村が共同して広域の発掘調査組織を設けることも有益である。このような場合には、広域調査組織の設立、運営に当たっての関係市町村間の理解と合意の確保、各関係市町村教育委員会と広域調査組織との連携、職員の採用形態等について十分配慮し、その運営が円滑に行われるよう留意すること。
次官通知は
(1)埋蔵文化財の保護は市町村が需要な役割を果たすべきである
(2)そのために市町村には専門職員を配置するよう体制を整備するべきである
(3)小規模の市町村では共同して広域の発掘調査組織を設けることも有益である
と述べています。
特に重要なことは、埋蔵文化財保護の主要な業務は市町村が実施すべきと明言されたことです。
したがって、法第95条第1項のいう(1)資料の整備や(2)周知の徹底は、市町村が重要な役割を果たすべきであるとの考え方を文化庁は示しているのです。
埋蔵文化財保護のための施策
次官通知には「埋蔵文化財保護に関する諸施策の推進」と題する項が準備されています。
「1.(2)埋蔵文化財保護に関する諸施策の推進」
埋蔵文化財の保護に当たっては、市町村、都道府県、国それぞれの観点から保護を要する重要な遺跡の条例や法律による史跡指定等の推進、埋蔵文化財行政に係る体制の整備・充実、発掘調査体制・方法の改善等に積極的に取り組むこと。
埋蔵文化財保護のための諸施策として列挙されているメニューは
(1)条例や法律による史跡指定
(2)体制の整備・充実
(3)発掘調査体制・方法の改善
となっています。
史跡指定による法的規制が埋蔵文化財保護のための諸施策として挙げられていることが特徴的です。
繰り返しになりますが、これらの施策を進める上でもっとも重要な役割を果たすのが市町村である、とするのが次官通知のいわんとするところです。
「諸施策」の具体的な内容
近年刊行された『適正な埋蔵文化財行政を担う体制等の構築について(報告)』(2014,文化庁)でも、次官通知の考え方が継承されています。
開発事業者からの93条届出の受理や開発事業の調整などの業務を市町村が行っている実情を踏まえ、以下のような業務が市町村の業務であるとされています。
(1)域内の埋蔵文化財の所在状況や範囲・内容の把握と遺跡地図等を整備し、これらを窓口やホームページで閲覧可能な状態にすることなどによる周知の徹底
(2)開発担当部局等との連携による域内の開発事業の動向の早期把握
(3)開発事業者との調整
(4)埋蔵文化財の保護と開発事業に関係する各種の行政目的調査の実施
そして(1)の埋蔵文化財の範囲・内容確認調査の結果、重要な遺跡については、「計画的な調査の積み重ねによって、その内容に応じた史跡指定を進めることが望ましい」と述べています。
「その内容に応じた史跡指定」とは、国指定、都道府県指定、市町村指定などの区分を意味するものと考えられます。
埋蔵文化財保護のための市町村の仕事
以上を整理すると埋蔵文化財保護のために市町村が行う業務の手順は以下のようになると考えられます。
(1)域内の埋蔵文化財の所在・範囲・内容確認調査の実施
(2)調査結果に基づく遺跡地図等の公開
(3)重要遺跡の計画的調査
(4)重要遺跡の史跡指定
このプロセスが完成していれば、事業者には埋蔵文化財が可視化され、重要な遺跡については史跡指定により法的規制がかかることになります。
埋蔵文化財保護行政が当面目指すべき状況は以上の4プロセスの完遂ということになります。
「海老ヶ作貝塚損壊問題」は、事業者の社会的責任の放棄という見逃せない側面があることはもちろんです。
しかし、埋蔵文化財保護に関わる立場からは、上記の4プロセスが完遂できなかったために生じた事件であるということを失念してはならないと考えます。