「海老ヶ作貝塚損壊問題」について |
事件の全貌は、
(1)船橋市が2014年2月に宅地開発の許可を事業者に出した。
(2)船橋市教委が同年5月に試掘を行い、その結果に基づいて記録保存のための発掘調査の実施とその費用負担を業者に求めた。
(3)業者側がこれを拒否したため、土地の買い取りを提案したが条件が折り合わなかった。
(4)10月中旬頃、業者は工事に着手し、遺跡が壊された。
というものです。
以下は「東京新聞:Tokyo Web」(11月5日)からの全文引用です。
船橋市大穴南の縄文中期(約四千年前)の遺跡「海老ケ作(えびがさく)貝塚」が宅地開発で壊されたことが分かった。
市内の開発業者が発掘調査への費用負担を拒否したため。一方、市はこの業者に開発許可を与えており、縦割りの弊害で市民の共有財産が失われたともいえそうだ。
貝塚は約四万平方メートルで、現存する市内最大級の環状集落跡。
市は今年二月、遺跡の一部の約二千五百平方メートルの開発許可を業者に出した。開発予定地は、市が遺跡の次期調査に予定していた範囲とほぼ重なる。
市は五~六月、調査を行い、竪穴住居跡や多数の土器を確認。埋蔵物の記録保存のため、文化財保護法に基づく発掘調査を行うよう業者に指導し、その費用負担を求めた。しかし、市によると、業者は費用負担を拒んだという。
同保護法には罰則規定がなく、開発着手を止めようと市は八月、土地の買い取りを提案したが、最終的に決裂した。
工事は先月中旬から始まり、重機が土を掘り下げている。
市は「盛り土造成や工法の工夫で埋蔵物を傷つけないよう提案したが、受け入れてもらえなかった」と話す。
業者は「市とけんかしたくない。取材拒否」と話している。 (服部利崇)
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罰則規定のない文化財保護法第93条
上で引用した東京新聞記事中、「同保護法には罰則規定がなく」と述べているのは、文化財保護法第93条のことです。
この規定は2つの条文からできています。
(1)「周知の埋蔵文化財包蔵地」(いわゆる「遺跡」)で工事などを行う場合には、60日前に届出をだすこと(第1項)
(2)この届出に対して、文化庁長官は記録作成のための発掘調査の実施や、その他の必要な事項を指示することができる(第2項)
ざっくりいうと、開発事業者に義務付けられているのは、93条第1項の発掘届の提出までです。
ただし、発掘届の提出についても罰則規定はありません(調査目的の発掘に適用される92条には無届発掘の罰則規定が203条第2号にあります)。
そして、届出から60日を経過した時点で事業者は着工することができます。
第2項の「指示」はあくまでも「行政指導」なので強制力はありません。
開発事業者は任意の協力として、例えば記録保存のための調査の実施やその費用負担を行うことになります。
これが、記事のいう「罰則規定がない」という意味だと思われます。
埋蔵文化財の破壊は止められないのか
一部の報道では「文化財保護法の限界」という表現もなされていますが、それは誤解です。
文化財保護法第182条第2項には、地方公共団体は独自の文化財保護条例を制定することが認められています。
現在では、ほとんどの自治体で文化時保護条例が制定されています。
(平成19年2月現在で制定率95.8%)
「条例」は、地方公共団体が制定する法令で、国の法律に明らかに矛盾するものでない限り、国の法律と並ぶものとされています(株式会社ぎょうせい法制執務研究会編『新訂図説法制執務入門』,p14)。
船橋市にも文化財保護条例が制定されていますので、この条例に基づいて遺跡を指定文化財とすることが可能です。
指定文化財となった遺跡は、許可を受けなければ工事などはできません。
また、許可には条件を付すことができ、この条件に従わない場合には停止命令や許可の取り消しができます。
この場合の許可や停止命令は行政指導ではありませんので、強制力が伴います。
地方公共団体の文化財保護条例の法的な拘束力は国の法律とかわらない強力なものであること、そうした強制力を地方公共団体がもつことを文化財保護法が規定していることが失念されているように感じます。
埋蔵文化財の特殊性
とはいえ、現行法令化では93条の規定は埋蔵文化財保護のためにはきわめて弱く、不十分に感じます。
これは、国土開発が優先された時代に制定された条文の名残とも考えられます。
その一方で、埋蔵文化財はその名のとおり地表では専門家ですらその存在を確認することが困難な不可視な対象物です。
農地法の農地や森林法の森林と比べて、埋蔵文化財の確認はそれ自体に多くの労力を必要とします。
こうしたブラックボックス的な存在を根拠に、開発事業などの私有権の行使が制限されることは社会的に理解されにくく、混乱を招く側面があるとも考えられます。
こうした埋蔵文化財の性質も、93条の規定の弱さと関係していると考えます。
埋蔵文化財保護の考え方
とはいえ、法的な規制の強さと保護の必要性や重要性が比例するわけではありません。
以下は「府中市埋蔵文化財発掘費用負担事件(東京高裁昭和60年10月9日)」の判決主文の抜粋です。
埋蔵文化財が、わが国の歴史、文化などの正しい理解のために欠くことのできない貴重な国民的財産であり、これを公共のために適切に保存するべきものであることはいうまでもないところであり、このような見地から、埋蔵文化財包蔵地の利用が一定の制約を受けることは、公共の福祉による制約として埋蔵文化財包蔵地に内在するものというべきものである。
文化財保護法は、埋蔵文化財包蔵地に内在する右のような公共的制約にかんがみ、周知の埋蔵文化財包蔵地において土木工事を行う場合には発掘届出をなすべきことを義務付けるとともに、埋蔵文化財の保護上特に必要がある場合には、届出に係る発掘に関し必要な事項を指示することができることを規定しているものであり、右の指示は、埋蔵文化財包蔵地の発掘を許容することを前提とした上で、土木工事等により貴重な遺跡が破壊され、あるいは遺物が散逸するのを未然に防止するなど埋蔵文化財の保護上必要な措置を講ずるため、発掘者に対して一定の次項を指示するものであって、埋蔵文化財包蔵地における土木工事によって埋蔵文化財が破壊される場合には、埋蔵文化財の保存に代わる次善の策として、その記録を保存するために発掘調査を指示することは埋蔵文化財保護の見地からみて適切な措置というべきである。
したがって、右のような発掘調査の指示がなされることによって、発掘者がある程度の経済的負担を負う結果になるとしても、それが文化財保護法の趣旨を逸脱した不当に過大なものでない以上、原因者たる発掘者において受忍すべきものというべきである。
判決では、
(1)埋蔵文化財は貴重な国民財産であること
(2)埋蔵文化財包蔵地には公共の福祉の原理による利用の制約が内在すること
(3)土木工事により貴重な遺跡が破壊される場合、発掘調査などの経済的負担は原因者が受忍すべきものであること
などが明確に述べられています。
このような埋蔵文化財保護の理念に照らし合わせると、今回の「海老ヶ作貝塚損壊問題」は、事業者が自らの社会的責任を放棄して工事を強行した大変残念な事例であることは間違いありません。