「ヒグマをめぐる問題への政策論的アプローチ」 |
本稿は、ヒグマと人間の共存のための農業政策や森林管理のあり方を考えることを目的とした研究プロジェクトの一環として、主に厚沢部町でのフィールド調査による成果の報告である。
第1節では、北米や北欧におけるヒグマ保護管理の実践事例、第2節では厚沢部町民を対象としたアンケート調査及び面談に聞き取り調査から、当町におけるヒグマに対する町民の認識や予防活動の実態、第3節では札幌市西区西野を事例とした都市部でのヒグマ対策の事例調査を検討している。
厚沢部町の(多くは国の政策に起因するが)農林業政策の課題が浮き彫りにされている。
執筆者の一人である丸山は、「厚沢部町ではヒグマと人間との軋轢は山というよりは畑で起こっている」とし、その背景として、(1)「農地造成が山を切り開いて大規模に行われる」、(2)「森では広葉樹が伐採され、針葉樹の人工林が増加したことによりヒグマの餌=ドングリが少なくなっている」とする。
大規模な農地造成については、厚沢部町内では北海道開発局開発建設部が実施する「国営農地開発事業」が、厚沢部町字相生及び字共和(相和地区)と、字中館や字新栄の2か所の団地で行われている。
北海道開発局は本事業によって「経営規模の拡大」や「酪農家ら畑作への転換」が促進され、その結果、「”厚沢部メークイン”、”あっさぶ大粒光黒大豆”のブランド確立」に繋がり、「農業所得が増加」し、「農業経営の安定が図られ」たと評価するが、丸山は必ずしも北海道開発局の評価が全てではないことを聞き取りによって明らかにしている。
丸山の聞き取りによると本事業の受益者の一人は、「農家一戸の負担金は3,000~4,000万円にのぼるため、返却できない農家もあ」ること、「農地面積の拡大」は農作業の機械化を促すことから「農作物の品質の低下」させるとともに、「生産量の増大の結果、価格の暴落」をもたらすとし、現実に「あっさぶ大粒光黒大豆」は10年前の1俵2万円から現在の5千円に低下したと述べている。
さらに本事業との因果関係が必ずしも明確ではないが、「パイロット事業当時、専業農家は34戸あったが、現在は9~10戸に過ぎない」とし、パイロット事業が農家人口の減少を促進したとの見解を示している。
農地の集約化が農家人口の減少を促進するとする上記の見解は、必ずしも的外れとはいえない。
たとえば「水田集約化が進んだ北海道厚沢部町などでは離農者が続出」しているとの評価がある(本間義人2007『地域再生の条件』岩波新書p72)。
本稿の「まとめ」では、厚沢部町におけるフィールド調査の結果を総括して、「野生動物への影響を顧慮しない農地造成」との厳しい評価がなされている。
丸山の評価が的を射ているかどうかは即断できないが、自然保護と農地合理化には相反する側面があることは事実だろう。
矛盾する側面を有する課題に対してどのように折り合いをつけるのか(つけてきたのか)という点については、行政の担当者がこれを説明できなければならない。
文化財保護行政も、「相反する様々な選択肢にその都度折り合いをつけながら進める」、という点では他の行政行為と何ら変わるところはない。
万能の解決策がない以上、担当者は自身の判断が、「何を捨て」、「何を拾う」ことになるのかを常に説明できるようにしておかなければならない、というところに話は落ち着く。