消費税値上げと博物館の入館料 |
私もメーリングリストに意見を投稿しましたが、この問題をもう少し考えてみたいと思います。
私の考えるところでは、問題点は二つ。
(1)公共施設における使用料の問題
(2)博物館法第23条の入館料徴収禁止の原則との関係
消費税と公共施設
地方公共団体の施設使用料収入は基本的に消費税の課税対象となります。
(消費税法第6条に定める別表1の非課税対象外)
しかし、地方公共団体が税務署に消費税を納めるか、というとそういうわけ
ではなくて、納税額は0円となることが普通です。
消費税法60条第6項の規定によるものです。
消費税法第60条第6項
第1項の規定により一の法人が行う事業とみなされる国又は地方公共団体の一般会計に係る業務として行う事業については、第30条から第39条までの規定によりその課税期間の課税標準額に対する消費税額から控除することができる消費税額の合計額は、これらの規定にかかわらず、当該課税標準額に対する消費税額と同額とみなす。
この条文の意味をたちどころに理解できる人に会ってみたいものですが・・・
60条第6項の規定の意味については「洋々亭Forum」のこちらのスレの説明がわかりやすいです。
3人目の回答者の「猫堂」さんの説明です。
要約すると
(1)事業主が払う消費税は仕入れの時にかかった消費税額を控除できる
(2)地方公共団体については仕入の時にかかった消費税と売った時の消費税を同額とみなす
(3)なので、地方公共団体の課税額に対する消費税は全額控除される
ということです。
地方公共団体は仕入額より売上げ額が高い(利益が出る)ということがないので、消費税は全額控除されるという理屈だそうです。
消費税率の増加と入館料
当初、私は、「地方公共団体は消費税を納税しないのに、単に消費税率が上がるから入館料を上げるべきという議論はちょっとおかしい」と考えていました。
全額が控除される公立博物館の入館料に消費税額を上乗せして良いのか、と考えたのです。
しかし、地方公共団体は利益を取らないことが前提となっているので、消費税納税額は仕入れ価格(この場合は博物館の運営経費)にかかる消費税額とイコールになっているとみなされるので、全額控除されるのです。
これが消費税法60条第6項が定めていることです。
つまり、地方公共団体は消費税を納税するわけではないけれど、最終的に消費者(利
用者)に消費税を転嫁することには正当性があると考えられます。
ただし、実際の納税額がないので、利用者からすると消費税値上げに伴って入館料を値上げするということには「騙された」感が生じる恐れがあります。
消費税値上げに伴う入館料の値上げはそのあたりの説明がきちんとできることが必要になります。
入館料の値上げと収入の増加
消費税率が上がるということは、電気料、燃料費、消耗品費、委託料など、館運営にかかるすべての料金が値上がりするわけですから、当然歳出が増加することが考えられます。
上で述べたように消費税率の値上げによって入館料収入を増加させる必然性というのは、一応認めても良いと思います。
しかし、歳出が増加するからといって値上げによって不足分をまかなうことができると考えるのはあまりにも楽観的です。
入館料の値上げは、入館者数減少のリスクを抱えているからです。
歳出の不足を補う施策として、入館料値上げが適切な手法かどうかは検討の余地があります。
博物館法第23条のただし書きをどう考えるか
消費税率の値上げが、公共施設の維持管理経費を押し上げることは間違いがありませんから、どうにかして歳出自体を下げるか、歳入を増やすかという選択肢になります。
しかし、博物館法に規定される公立博物館はそう簡単ではないと思われます。
博物館法第23条
公立博物館は、入館料その他持物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。但し、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる。
あまり知られていないと思うですが、公立博物館が入館料を取ることは禁じられています。
入館料徴収は原則違法です。
しかしながら、多くの公立博物館が入館料を徴収しているのは、ただし書きにある「博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる」という規定を利用しているわけです。
したがって、この規定に基づき消費税率増加にともなう値上げを行う、ということは法理的には「一応」認められるのではないかと私は考えます。
博物館の入館料はどうやって決まるのか
しかし、そもそも公立博物館は税金で運営されています。
その運営経費の消費税率値上がり分を入館料の値上げで対応するのは当然限界があります。
運営経費の10%が入館料収入だった場合、消費税率が5%上がれば入館料を50%値上げしなければ帳尻が合いません。
また、運営経費が1,000万円かかる施設の入館料収入が10万円だった場合、その10万円がないと維持運営ができないということが果たしてあるのか、という疑問も生まれます。
運営経費に対して入館料収入があまりにも微々たるものでは、「維持運営のためにやむを得ない事情」として「必要な対価を徴収」しているとは言えないのではないかと思われます。
そして、その微々たる入館料収入を消費税率に合わせて値上げする微々たる収入増加が本当に「やむを得ない事情」といえるのか、という疑問があります。
だとすると、何を根拠に入館料値上げ額を決定をするのかということが問題になります。
単に消費税率上昇分を入館料単価に乗じるというわけにはいかないはずなのです。
「博物館の維持運営にやむを得ない事情のある場合」とは
どの程度極限的な状況を想像するかによって変わってくると思いますが、博物館の業務として博物館法では、
第3条 博物館は、前条第1項に規定する目的を達成するため、おおむね次に掲げる事業を行う。
1.実物、標本、模写、模型、文献、図表、写真、フィルム、レコード等の博物館資料を豊富に収集し、保管し、及び展示すること。
2.分館を設置し、又は博物館資料を当該博物館外で展示すること。
3.一般公衆に対して、博物館資料の利用に関し必要な説明、助言、指導等を行い、又は研究室、実験室、工作室、図書室等を設置してこれを利用させること。
4.博物館資料に関する専門的、技術的な調査研究を行うこと。
5.博物館資料の保管及び展示等に関する技術的研究を行うこと。
6.博物館資料に関する案内書、解説書、目録、図録、年報、調査研究の報告書等を作成し、及び頒布すること。
7.博物館資料に関する講演会、講習会、映写会、研究会等を主催し、及びその開催を援助すること。
8.当該博物館の所在地又はその周辺にある文化財保護法(昭和25年法律第214号)の適用を受ける文化財について、解説書又は目録を作成する等一般公衆の当該文化財の利用の便を図ること。
9.社会教育における学習の機会を利用して行つた学習の成果を活用して行う教育活動その他の活動の機会を提供し、及びその提供を奨励すること。
10.他の博物館、博物館と同一の目的を有する国の施設等と緊密に連絡し、協力し、刊行物及び情報の交換、博物館資料の相互貸借等を行うこと。
11.学校、図書館、研究所、公民館等の教育、学術又は文化に関する諸施設と協力し、その活動を援助すること。
と明記されています。
一般的には、収集、保管、調査研究、公開などと呼ばれる4要件が博物館の事業として知られています。
これらの事業のうち、究極的には資料の「保管」が危うくなるということが博物館の維持運営の最大の危機的状況であると私は考えます。
所蔵資料の中には定期的なメンテナンスが必要なものがあり、これを怠ると資料が維持できなくなるものがあります。
収集や調査研究、公開などは中断と再開が可能ですが、「保管」だけは、中断するわけにはいかないという性質をもっているため、他の要件とは大きく区別されます。
したがって、資料の保管に係る経費を捻出できない場合は、博物館法第23条ただし書きの規定する「やむを得ない事情」に該当するのだろうと思います。
最低限の調査研究や公開を行うことも博物館としては必要ですし、それらも「やむを得ない事情」に含まれることもあると思いますが、まずは資料の保管を行うための経費が博物館の維持運営にとってもっとも欠かせないものである点を確認したいと思います。
照明のための電気料や掃除の方々の人件費、施設メンテナンス委託料なども一切合切含めて「やむを得ない事情」というのは、いささか拡大解釈が過ぎるのではないかと考えます。
博物館の入館料の位置づけと消費税
以上のような考察を踏まえた上で私の意見は以下のとおりです。
(1)消費税の増加率を単に入館料に乗じることは、そもそも入館料収入に何を求めているか、という疑問への説明が必要
(2)歳出増加の対策としての入館料値上げは施策としての効果が疑問
(3)博物館法第23条の規定の趣旨を踏まえない単なる値上げは違法